今日は国公立大学の入学二次試験だったはずだ。
難関大学の場合はきっと明日も試験があるに違いない。
今頃難関受験生がこのブログを見ているとすれば、
今日の一日目の試験でミスったためか何かだろうか。
僕はそういう態度を否定しない。何より僕自身が約10年前、一日目の試験を終えたときに、そういう心境だったからだ。僕は十五、六才の時には、数学に生まれ変わりたいほどに数学が好きだった。理系を志望したのもそれが影響していた。しかしある不条理な理由により、数学というものを学ぶすべのひとつを奪われ、僕は有り余る青春のエネルギーのぶつけ先について途方に暮れ、なんだか身の入らないままに宙ぶらりんな残りの高校二年間を終えていた。
結局理系志望という方針は変えなかった。入試一日目。しかしながら、得点源とするはずの数学が、気負いのせいかまったく解けないままに終了のベルを聞いた。落ち着いてから考えたがやはりどう計算しても五割の線が関の山だった。僕はその時、バスに乗る気さえ起きなくて、雨の中わざわざ傘をさして、歩いて宿まで帰っていった。
ここでくじければこれから浪人という一年が待ちかまえていることは分かっている。しかし翌日の二科目を巻き返しを賭けて戦うには、あまりに精神的ショックが大きすぎる。くじけるも振り絞るも自分次第だ。俺はこの分岐点でくじけるのだろうか。それとも力を振り絞るのだろうか。まさに自分の人生始まって以来の巨大な分岐点が数年前のこの夜の僕に突きつけられていた。
僕は、自分の人生始まって以来の過酷な分岐点という状況に耐えることができず、とりあえずテレビを点けていた。テレビなど見る暇があったら問題の一つでも解くなり、近所を散歩するなりするのが有効であることは分かっていたが、僕はそのセオリーを破ってテレビを点けるという行動に出ていた。テレビではなんだか知らないが番組をやっていた。ぼーっと見ているとどこかで見たことのあるような顔が出てきた。それはよくみれば、かの有名なITエンジニアであった。
僕が見たその番組は、僕がかねてから尊敬していたあるITエンジニアに取材した、かねてから尊敬していたあるドキュメンタリストの手による、新作ドキュメンタリーであったのだ。この人のドキュメンタリーはガキの頃一度見て興奮していたが、前年の暮れにも新作を見てやはり興奮していたのだった。それがまた今目の前で偶然にも展開されている。僕は興奮した。手に汗を握りながら、僕は食い入るように画面を見ていた。受験のこと、数学のこと、点数的に危うい状況にあること、そういったものの一切はすべて頭から消し飛んで、僕はただ一心に画面を見ていた。ただその画面の構成の美しさと、そのアメリカのIT技術者が目指した大いなる夢と、技術者に注がれたドキュメンタリストの深い愛と。僕はそれらを身体一杯、浴びるように味わっていた。全神経はそのことに費やされた。
気が付けば最後まで全部見てしまっていた。そして思った。ああ自分は、今このためにこそ大学入試をやっているのだと。このためというのが、ドキュメンタリーを作るためなのか、技術者になるためなのか、夢を追うためなのか、それは分からない。しかし自分はその時何故かダイレクトにそのような得心のしかたをしたのである。
僕は床に就いた。当然眠れるはずはなかった。翌日の試験は、隅々のあらゆる力を出し尽くした。得意なネタが出題されたときこれはチャンスなんだと言い聞かせながら筆を走らせた。見覚えのないネタでも真剣に読めば分かるはずだと信じて読み続けた。その結果、悔いのない試験になった。出し尽くしたのだから悔いはなかった。
約二週間後。
届いたのは、合格の知らせだった。
2005年02月25日
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/2142219
この記事へのトラックバック
あそこの存在は自分でも忘れてました(笑)。
>気が付けば最後まで全部見てしまっていた。そして思った。
>ああ自分は、今このためにこそ大学入試をやっているのだと。
この節、というかこの瞬間がぐっときました。
思うところはいろいろあるのですが、
また自分のサイトに書こうと思います。来年はいよいよ受験だぁ。
きをふし君をぐっとこさせることができて非常に嬉しいです。
そちらのサイトはちょくちょく覗かせてもらってます。
物凄い面白いサイトだと思うから続けてね。よろすく。