2005年06月28日

はてなブックマークに追加livedoor Wiki の登場をきいて思ったこと

◇ 「ブログの次はWiki」〜livedoor Wikiが7月7日に開始

むかつくな〜。頼むから失敗してくれと願いたい。


昨日、ネットは一部の大人の遊びにすべきではないなどと言っておきながらこういうこと言うのは気が引けるが、Wikiまでお手軽なツールとして一般に広められると、Wikiっていうだけではお客が来なくなるので迷惑である。まいたけの人口栽培で手作りまいたけの値段が下がるようなものだ。心を込めて丁寧にまいたけを作る作業が、技術の進歩によりいらない作業になる。livedoor Wiki の登場もそれと似たようなものだ。既存のWikiを自分のサイトに合うように必死で改良していたのがばからしく思えてしまう。

こうしたことはブログの登場時にもあったと予想される。ブログの登場までは人々はHTMLを手作りでコーディングし、職人的にホームページを作ってきた。ところがブログの登場でホームページは簡単に誰もが持てるものになる。HTMLの勉強も理解も必要がなくなって、それまでそれなりに頑張ってきた僕らを唖然とさせてしまう。しかしこの変化は、潜在的な情報発信欲求層を掘り起こしてネットに供給した。ネットはより豊かな生態系へと進化(深化)して、今結果的に賑わっている。

livedoor Wiki はこうしたことを起こす可能性がある。僕みたいな職人はまたしてもネットの隅に追いやられかねない。状況は苦々しい。しかしながら、このサービスがもし潜在的なネット需要の鉱脈を掘り当て、結果的にネットを発展させたら、それはそれで良かったと思うしかない。時代とはそういうものだと思っている。


僕は大学時代に『スーパーの女』(伊丹十三 監督)という映画を二度見た。宮本信子演じる因襲破壊者・井上花子の働きっぷりに心から拍手を送りながら見た一度目に対し、二度目は自分でもびっくりするくらい、職人としての魂を削がれた悲しき裏方たちの姿に心を寄せて見てしまっていた。伊丹監督がこの映画をヒーローものにすることなく、日陰部分まで詳細に描く作品にしていたということには、まったく脱帽するほかはない。僕はこのことをもって、不要となるべくして不要といわれるなら、それは悲しいけれども仕方のないことだとも思うようになった。

監督は、その後僕の在学中に自殺した。享年64歳。


◇ 『スーパーの女』 - goo映画|[後続記事]猫並Wiki
posted by 猫並 at 23:17 | Comment(2) | TrackBack(0) | 我流BLOG論Web論 |
この記事へのコメント
無料レンタルなら
http://atwiki.jp/
こんなのもありますよ。
Posted by 通りすがり at 2005年06月28日 23:30
ほんとだ。
レンタルWikiってあったんですね。
必死こいて自前で設置しとったちゅうに。
Posted by 猫並 at 2005年06月29日 18:48
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/4701527
この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。